20年前のiMac狂想曲

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1日遅れで恥ずかしいのですが……1998年の8月29日、初代iMacが発売されました。

iMacはアップルジャパンが販売店を絞っていました。絞ったのは会社ではなく、店舗でした。したがって、同じチェーンでも買える店、買えない店が出てきました。

私たちの会社は19店舗ありましたが、最初にアップルジャパン様の販売許可が降りたのは10店舗だけでした。秋葉原や大阪日本橋以外は、地域一番店(とアップルが考える)店だけが売ることができました。

幸い、私の店は販売許可が下りました。私の店は千葉県の湾岸エリアにありました。この地域でiMacが買えるのは私の店だけです。私の店以外で買おうと思ったら秋葉原か、千葉駅前のヨドバシカメラに行かなければならなかったのです。

正直言うと、私はiMacはまったくノーマークでした。発表されたことは知っていました。しかし、売れるとはまったく思っていませんでした。

アップルは死にかけていた

なぜなら、アップルは倒産寸前だったからです。その頃までは、近々倒産か、あるいは、オラクルか、ソニー辺りに買収されるだろうと、業界関係者も経済アナリストも思っていました。

今でこそ、スティーブ・ジョブズは名経営者です。しかし、当時はまだ、アップルを創業した以外、何の実績も残していなかったのです。アップルを追い出された後に作ったネクスト社でも目立った実績を残していませんでしたし。

アップルは、そのジョブズがMicrosoftから金を引き出して、ようやく命運をつないでいる会社だったのです。

まさか、そんな会社から、市場を席巻するパソコンが出るとは想像すらできなかったのです。

私がiMacを意識したきっかけ

私がiMacを意識したのは、お客様の問い合わせとアップル担当の若い部下からでした。発売日の3週間くらい前から、「そちらでiMacは買えますか?」と言う問い合わせが増えてきました。

そして同じ頃、部下がiMacを「50台発注したい」と言ってきたのです。正直言うと私は「そんなに売れるのか?」と思いました。ただ、それを口にしないだけの分別は持っていました。このようなネガティブな言い方は意欲を削ぎかねないので。

「そんなに(倉庫に)入るか?」と聞いたところ、「Oさんには場所を用意してもらっています」との返事。Oさんは業務の担当者のことです。そこまで準備しているなら反対する余地はありません。「それならいいよ」とGoを掛けました。

ただ私は不安でいっぱいでした。当時、私の店のパソコンの販売台数は、土日合わせて50台行くか行かないかという数字だったからです。

それが1機種で50台です。私が不安になるのもわかっていただけますよね。

そんな私の不安が確信に変わったのは、デベロッパーからの提案でした。

「iMac、大丈夫?」

私の店は百貨店のテナントでした。発売を週末に控えた月曜日。私はデベロッパーの担当部長に呼び出されました。

要件は「iMac、大丈夫?」でした。

iMacについては百貨店の方にも問い合わせが行っていました。あまりの問い合わせの多さに、当日の混乱を恐れていたのです。

百貨店には出入り口が7カ所ありました。どこか一カ所に並ばせないと、お客様が走って転んで、怪我をするかもしれないと心配していました。

この発想はアキバの電気屋にはありませんでした。さすが、伊達にお客様第一を掲げていないですわ。

話し合いの結果、並んでいただく入口を一カ所にしました。他の6カ所の入口にはうちでPOPを作って掲示し、さらに百貨店の方がお客様にご案内いただくことになりました。

発売日

そして迎えた8月29日。販売できる数を明らかにして、「それ以降の方は予約になる」と理解した上で並んでいただきました。この案内は私と担当者の二人でやりました。

並んだ数は100人でした。発注した数の2倍の人数が並びました。

そして、開店と同時に列を売場の入口まで案内して、そこに行列を作ることに。

いざ、販売開始。

ココで予想外なことが起こりました。iMacと一緒にメモリ、フロッピーディスクドライブ、プリンタを一緒に買う人が多かったのです。セットを用意していなかったので接客に時間が掛かってしまいました。

開店して30分でまだ5人しか捌けていませんでした。

私はセット価格を設定して口頭で全販売員に伝えました。POPを作っている時間は取れそうもないので。

ただし、メモリを増設して欲しいとの要望が多く、コレにまた時間を取られることになりました。

だって、iMacは今朝入ったばかり。まだ誰もメモリの増設の仕方を知らなかったからです。結局、最初にメモリを増設したスタッフが、次に増設する人に口頭でやり方を伝えました。

ただ、このペースではいつお客様の対応ができるかわかりません。

整理券を配る

そこで手書きで整理券を作りました。用紙は私の名刺です。番号毎に「この時間に来てください」と言って渡しました。

コレで取り敢えずいったん行列は解消。プレッシャーから解放されました。

結局、100人を捌くのに15時まで掛かってしまいました。

もちろん、その間にもiMacの問い合わせが入ります。その度に整理券を発行して待っていただくことになりました。

売上は?

結局、予約を含めて売れた台数は172台。アップルからは「予約を受けた分は必ず次の週までに用意する」と言われていたので、安心して予約を取ることができました。

ところが、売上は前年より10%増えただけでした。iMacの単価が安いのと、iMacを売るために人を取られたので、WindowsPCの売上が大きく落ち込んだからです。

ま、私としては売上が上がるなら何が売れてもいいんですけど。

ただ、週明けにやることは決まりました。iMacのセットのPOPを作ろうと。

iMacの影の功労者

ちなみに、iMacの開発はジョブズの前任ギル・アメリオCEOのときに始まりました。アップルが今あるのは、ギル・アメリオの遺産のおかげと言えるかもしれません。

散々「無能」って言って、ごめんなさい。

売上を上げるには 売れ筋を売らなければならないと思っていませんか?

それはウソとは言いませんが、正確でもありません。

なぜなら、3ヶ月で30%の売上アップを果たした時、私が売ったのは売れ筋ではなかったからです。

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