ものすごく大仰なタイトルを掲げましたが、堅い話ではないのでご安心くださ
い。あなたの商売における原点を考えていただきたいのです。
あなたに質問します。あなたは、自分の商品で、お客のどんな役に立ちたいの
ですか?
何でこんな質問をするのかわからないと思うので、ちょっと昔話にお付き合い
ください。
昔私がよくセミナーで使っていた台詞ですが、「消防士は、なぜ危険な現場に
立ち向かえるのか?」と言うと「使命感」です。間違いなく金のためではあり
ません。
人間、金のために死ぬことはできないのです。また、名誉のためでも死ねませ
ん。危険な現場から人を助け出すのは彼らの仕事です。だから、人命救助は当
たり前のことで、特別に賞賛されることなどありません。
自分の仕事が、世のため人のためになると言うプライドがあるから、消防士は
危険な現場に立ち向かえるのです。
同じことは私たちにも必要です。使命感こそが、商売人のアイデンティティで
す。そして、その原点は、あなたが販売と言う仕事に携わったときにあると思
うのです。
私はアキバの電気屋に就職し、オーディオ専門店に配属され、デッキとレコー
ド・プレイヤー、カートリッジやマイクなどのオーディオ・アクセサリの担当
になりました。
私が初めて接客して売ったのは12,800円のヘッドホンでした。お客さんの使い
道を聞いて一生懸命説明しました。そして、買ってもらえたときの感動は今で
もはっきり思い出せます。売れたこともそうですが、何よりそこには「人様の
お役に立った」という感動がありました。
そのお客はソニーの7,800円のヘッドホンを気に入っていました。有名ブラン
ドですし、デザインがかっこいいところに惹かれていたようでした。
しかし、「どんな音楽を聴きますか?」と聞いてみると「クラシック」という
答えが返ってきました。当時のソニーのヘッドホンは、低音と高音を強調した、
私たちの間では「ドンシャリ」と呼ぶ特性を持っていました。
「ドンシャリ」は、当時の歌謡曲や洋楽を聴くのにはいいのですが、クラシック
には向きません。中音域がスカスカで内声の動きが楽しめないのです。
私はそれを説明した後、ゼンハイザーの12800円のヘッドホンを薦めました。
ゼンハイザーは知る人ぞ知るというブランドで、一般的な知名度は全くありま
せん。彼も知りませんでした。このヘッドホンは癖がないので、歌謡曲や洋楽
はちょっと物足りなく感じます。しかし、中音域が豊かなのです。
サンプルの音源をクラシック曲「チャイコフスキーの弦楽セレナーデ」に替え
て聴き比べてもらいました。「チャイコフスキーの弦楽セレナーデ」は中音域
の動きがよくわかるサンプルなのです。
彼は「こう言うのが欲しかったんだ」といって満面の笑みを浮かべました。そ
して値段もろくに確認せず、「コレ下さい」と言って買ってくれました。
私は彼に、ヘッドホンという商品を通して、「いい音」という価値を教えるこ
とができました。彼は私のアドバイスがなければ「いい音」に巡り逢えなかっ
たのです。もしかしたら、「いい音」がこの世に存在することにさえ気づかず
に人生を終わっていたかも知れません。
商売ってこういうものではないでしょうか?商売人には何か伝えたいものがあ
る。その伝えたいことを商品に託して売っているのではないでしょうか?もし
かしたら、これは青臭い理想論かもしれません。
でも、12800円のヘッドホンを買ってくれたお客は、その後、九州に引っ越す
までの2年間、ずっと私からオーディオ製品を買い続けてくれました。それも
私が薦めるものばかりです。彼は冗談で私のことを「師匠」と呼びました。
「師匠」の薦めるものなら間違いないとまで言ってくれました。
私が彼の「師匠」になったのは、12800円のヘッドホンを売ったからでしょう
か?
違います。
なぜなら、7800円のヘッドホンも、12800円のヘッドホンも隣の店で同じもの
を同じ値段で売っているのです。裏通りに行けばもっと安く売っています。
彼が冗談にしろ、私を「師匠」と読んだのは、私が伝えたいと思っていた「い
い音」が、彼の共感を得たからです。もし、私が彼の欲しがった7800円のヘッ
ドホンを売っていたら絶対こうはならなかったでしょう。
これは、もう20年も前のことです。当時から、店は商品を売っているだけでは
ダメだと言われていました。私も新人研修でそう教えられました。売っている
商品はライバル店も同じ。売上を上げるためには、店独自の価値、付加価値を
付けていかなければ生き残れない。既にあの頃から言われていたのです。
とは言っても、何が付加価値になるのか、私にはわかりませんでした。これが
付加価値だと思い当たったのも、実はずっと後のことなのです。
付加価値とは、売る人間が持つ感性、知識を含めたメッセージなのです。私に
とって商売とは、自分のメッセージを、商品を通して伝えることだったのです。
ちょうど宗教団体が、自分の教えを布教するように、です。
以上を踏まえた上で、もう一度あなたに質問します。
あなたは、自分の商品で、お客のどんな役に立ちたいのですか?
読み流したままにしないで、ぜひ、あなたの答えを出してください。
コメント