ヒットを連発するマーケティングの天才
あなたは、マーケティングの天才と言われるスティーブ・ジョブスをご存知ですか?
パソコン業界に興味のない人はご存じないかもしれません。パソコン業界で一般に名前を知られているのは、マイクロソフトのビル・ゲイツくらいでしょうからね。
スティーブ・ジョブスは、アップル・コンピュータのCEOです。アップル・コンピュータのパソコン市場シェアは、最新のデータでは3%です。その意味では、「注目するような会社ではない」と思うかもしれません。
しかし、アップル・コンピュータは、パソコン業界のトレンド・リーダーです。他のパソコンメーカーは、全部、アップルの真似をしていると言っても過言ではありません。マイクロソフトのWindowsにしても、アップルのMacOSから、多くのアイデアを借用しています。アップル・コンピュータは、シェアこそ低いものの、今も強い影響力を持つメーカーです。
現アップル・コンピュータのCEO、スティーブ・ジョブスは、パソコン業界では「マーケティングの天才」と呼ばれます。まあ、パソコン業界に天才はウヨウヨいるんですが、「マーケティングの天才」と呼ばれるのはスティーブ・ジョブスくらいです。
まあ、この理由はカンタンで、スティーブ・ジョブスは、他の天才と違って技術については完全な素人だからです。
ビル・ゲイツは、今では経営者としての評価が主ですが、ソフトウェア技術者としても高い能力を持っていました。そもそも、マイクロソフトの最初の製品、BASICは、ビル・ゲイツが作ったものですしね。
一方、スティーブ・ジョブスは、アップル・コンピュータの共同創業者の一人ですが、アップル・コンピュータの最初のモデル、通称Apple Iは、もう一人のスティーブ、ウォズニアクが一人で作ったものです。ジョブスがやったのは、パッケージのアイデアを出しただけでした。もっとも、このパッケージの斬新さがApple Iの成功に結びついているのは否定できませんが。
そもそも、ウォズニアクは、自作のパソコンを売り出すつもりはありませんでした。ただ、仲間に自慢したくて作っただけです。それを見たジョブスが、「これは売れる!」と見抜き、彼と一緒にアップル・コンピュータを作ったわけです。
ジョブスは、ハードウェアの技術者でも、ソフトウェアの技術者でもありませんでした。彼がこの業界で一目おかれるのは、次々とヒットを生み出すことです。彼の才能とは、お客さんが欲しがるモノを見抜ける能力だと言えます。
ジョブスが、プロジェクト・リーダーとして世に送り出したMacintoshも、彼のアイデアではありません。
ZEROXの研究所でAltoを見たジョブスは衝撃を受けました。「これは売れる!」と一瞬で見抜いたのです。「なぜ、これを売らないんですか?」とジョブスはZEROXの技術者に言ったそうです。「ZEROXがやらないならアップルがやる」というのが、歴史に残る偉大なパソコン、Macintosh誕生のきっかけだったのです。
ビル・ゲイツは、ソフトウェアと言う新しい市場を創造しましたが、スティーブ・ジョブスは、一つとして新しいモノは生み出していません。ただ、彼は、既にあるモノの中から、売れるものを見抜く天才だったのです。
彼の唯一の失敗は、アップルを追い出された後に設立したNEXTくらいです。NEXTは高い評価を受けましたが、成功とは無縁で終わりました。
もっとも、この不遇の時代でも、彼はPIXERのCEOとして、PIXERをディズニーアニメに不可欠な存在とした実績があります。
また、NEXTは、ハードでは失敗したものの、ソフトウェアのNEXTSTEPは高い評価を受けていました。NEXTSTEPは、アップルの新OSプロジェクトの失敗を埋め合わせるために、アップル・コンピュータに会社ごと買収され、ジョブスは、アップルに復帰することになりました。
その後、CEOを追い出し、彼自身がCEOとなり、すぐに、マイクロソフトとの和解を打ち出し、混乱していた製品ラインナップを見直し、iMacという世界的な大ヒット商品を生み出しました。
アップルと言う会社は、会社が危機的な状況になると、ゲリラ的なプロジェクトが会社を救うと言う、不思議な巡り合わせがあります。
有名な例では、CPUをモトローラからIBMのPowerPCに変更したとき、会社本来のプロジェクトは失敗したものの、会社に無断で進められていたプロジェクトが会社を救いました。
iMac誕生の経緯についてはあまり公開されていませんが、開発期間を考えると、iMac自体も、研究者が会社に内緒で進めていたプロジェクトかもしれません。ジョブスは、売れそうなものを見抜く天才ですから、iMacも内緒のプロジェクトだった可能性は十分に考えられます。
スティーブ・ジョブスについて書かれた本を読むと、彼には二つの側面があるようです。人格破綻者と高いカリスマ性です。米国のライターは、あまり経営者を褒めることはないので、その分は割り引かなければなりませんが、彼の言動を見る限り、相当に問題のある人格の持ち主であることは間違いありません。
その一方、異様なカリスマ性があることも確かなようです。ディスニーとPIXERが対等な契約をできたのはスティーブ・ジョブスのカリスマ性のおかげだと指摘されています。
これほど長きにわたって、ヒット商品を連発できるスティーブ・ジョブスと言う人間、あなたも興味が湧きませんか?
私は自分に身近な会社だと言うこともあって、長いことスティーブ・ジョブスの行動をウォッチしています
iTunes Music Store
前置きが長くなりましたが、スティーブ・ジョブスの最新のヒットがiTunes Music Storeです。もっとも、このヒットには、iPodというハードウェア、また、iTunesというソフトウェアのヒットも絡んでいます。
あなたはiTunes Music Storeをご存知でしょうか?
米国アップル・コンピュータが、今年の4月から始めた音楽配信サービスです。
音楽配信サービス時代は既に行われていることで、別に新しいモノではありません。ジョブスは、新しい市場など創造できません。既にあるモノから、売れるものを見つける天才なのですから、この行動は納得できます。
iTunes Music Storeは、サービス開始以来、1,300万曲以上ダウンロードされており、音楽配信市場の業界地図を、一気に塗り替える実績を上げています。
今まではMacintoshユーザーしか使えませんでしたが、10月からはWindowsユーザーにも対応しました。
iTunes Music Storeを利用するためのソフト、「iTunes for Windows」は、提供開始からわずか3日で、ダウンロード数が100万を越えたそうです。
iTunes Music Storeが他の音楽配信サービスと大きく異なるのは、CDを買うのと同じ感覚で利用できると言うことです。
なんのこっちゃよくわからないと思いますので、カンタンに説明します。
従来の音楽配信サービスは、曲を買うと言うより、レンタルすると言う感じのものでした。著作権保護に重点を置き過ぎていて、ユーザーからすると非常に使い勝手が悪かったのです。
その点、iTunes Music Storeは、ダウンロードした楽曲は、iPodというデジタル・オーディオ・プレイヤーには自由にコピーでき、さらに、CDやDVDに落とすのにも制限がありません。また、パソコン間でのコピーでも、3台までなら自由です。また、パソコンを買い換えた場合でも、カンタンな作業で所有権の情報を移すことができます。
さらに、楽曲のダウンロード、購入、管理、演奏、転送など、全てをiTunesというソフトの中で処理できるのです。他のソフトは必要ありません。この使い勝手のよさが、他の音楽配信サービスとの決定的な違いになっています。
五大メジャーレコード会社が参加したことも特筆すべきところです。ジョブス自身がトップセールスを行ったそうです。業界では、レコード会社のトップが、ジョブスのカリスマ性にやられたのだと噂されています。何しろ、権利にうるさいディズニーと対等の契約を結んだ男ですからね。
さすがにマーケティングの天才と言われるだけあります。ジョブスは、今までの音楽配信サービスについて、ユーザーが抱えている問題を正確に把握して、その多くを解決したわけです。まあ、後から言うのは誰でもできますが、「売れて当然」と言うわけです。
iTunes Music Store日本版は?
今の興味の中心は、日本国内でのサービスがどうなるかです。日本のパソコン市場は、世界第2位の市場ですから、ジョブスが日本向けのサービスを考えないわけがありません。アップルは、長年 Macintosh以外の収益の柱を探してきました。iTunes Music Stroreは、アップル・コンピュータにとって、長年の悲願を達成するものかもしれません。
ちなみに、アップル・レコードが、iTunes Music Storeの事業に、クレームをつけているらしいです。ジョブスは、アップル・コンピュータと言う社名をつけるとき、アップル・レコードに根回しして、「音楽事業に参入しないなら」ということでOKをもらっています。
あなたは、日本での展開はどうなると予想しますか?
国内の評論家は、「日本の場合、流通への配慮から、国内では立ち上げることすらできないだろう」と言うのが多数の意見です。
確かに、今のアップル・コンピュータ日本法人のトップに、レコード会社を巻き込むことができるとは、とても考えられません。
が、しかし。私は、スティーブ・ジョブスのカリスマ性を持ってすれば、日本のレコード会社も参加するのではないかと睨んでいます。スティーブ・ジョブス自身がアプローチすれば不可能ではないと思います。彼は、世界一タフな交渉相手とされるディズニーと、対等の契約を結んだ男です。
さて、もし、日本で実現したら、大変なのはCDショップです。
米国のパソコン量販店は、DELLやGATEWAYと言った、通販主体のメーカーが成功したおかげで、壊滅状態にあります。業界トップだったCompUSAは、業績不振に陥って、メキシコの会社に買収されてしまいました。
米国のパソコン量販店は、大量の品揃えと低価格販売だけに特化していました。私が自分の目で見たので断言しますが、品揃えと価格以外の、その他の店としてのクオリティーが、めちゃめちゃ低かったので滅びたのです。
米国のお客さんによって、パソコン量販店は不愉快なところだったのです。もっと、いい店があったら、他に行きたかったのです。その不満の捌け口になったのが通販メーカーだったのです。
通販だと、どうしても低価格と言う部分が強調されますが、米国で通販メーカーが伸びた理由はサービスの質の高さにあります。ぶっちゃけ、米国の場合、店より、通販のほうが、はるかにサービスが良かったのです。
一方、日本のパソコンショップのクオリティーは、米国よりもはるかに優れています。だから、米国の通販メーカーが進出してきても、十分に戦えているわけです。
DELLは、日本の店のクオリティーの高さを知ったので、店頭販売へも進出しています。一方、自力でショップ展開を行ったGATEWAYは、米国並みに店のレベルが低かったので、結局、日本からは撤退してしまいました。
店と通販は必ずしも敵対関係になるわけではありません。協調関係だって結べるのです。ただし、店のクオリティーが高ければ、ですが。
もし、iTunes Music Storeが日本で始まったら、日本のCDショップのクオリティーが問われることになるでしょう。これで滅びる店は、もともとお客さんに必要とされていなかったと言えるでしょう。
日本のCDショップの場合、価格競争はありませんが、何も提案していない店は間違いなく滅びることでしょう。競争は決して悪いことではありません。それで、よりレベルが上がるなら、歓迎すべきことです。
良識あるCDショップの方には、レコード会社に圧力を掛けて、iTunes Music Store日本版の誕生を妨げないようにお願いしたいものです。
初出:2003年10月25日「Manager-NET通信」
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